「卒業生としてではなく社会人として、三週間の教育実習に臨んで下さい」宮阪校長先生のご講和から教育実習が始まりました。
通いなれていた久しぶりの溝の口駅、設備の進化がありつつもなつかしい学び舎と見知った顔にどこか同窓会気分であった私たちは冷水を浴びたような幕開けとなりました。

当たり前のことではありますが、制服を着て授業を受けていた学生時代と、教壇に立つ側では全てにおいて異なりました。
慣れた校舎をスーツで歩く違和感、母校であるのにまるで知らない場所に来たような不思議な感覚。何より一コマの授業のための準備に何倍もの時間がかかること。生徒に伝え理解してもらうための工夫が教科ごとに、多くの先生方の緻密な構成の元で日々授業が展開されていたことを思い知りました。

また学校は勉強を教えるだけではありません。多感な年頃の人間を育てるために行事も用意されています。実習中にはちょうど合唱コンクールがありました。中三の時、合唱コンクールの委員長を務め、その手ごたえがきっかけとなり生徒会長を志した当時を思い出しました。
多くの授業を見学し、HRや掃除を手伝う中で、生徒たちとの絆ができ、質問や雑談など関わる機会が多くなっていきました。
また授業も、「専門性を活かしたやりたい授業をやっていい」という担当の先生の配慮により、自分が学生時代に求めた授業を”ワタシ色”にして行うことができました。

毎日が楽しいだけではありませんでした。思うように授業運営ができないこと、時間配分など自分の未熟さに否が応にも向き合うこともありました。
長いと思っていた実習期間は矢のごとく過ぎ最終日。帰りの会で絶対に泣かないと決めていた私の涙腺は、生徒たちからの「楽しい授業だった」「面白く眠気が出る暇もなかった」などたくさんの言葉から、呆気なく崩壊し、メイクの崩れなど気にする余裕もありませんでした。

生徒ではなく先生方から教育者として接していただいた非常に貴重な時間は、これから社会人として新たな旅立ちをする私たちのへのエールそのものでした。つかの間、”洗足生”として再びあたたかく迎えていただけたことに感謝の思いでいっぱいです。

教育実習生 山路優理子